いだてん黒坂辛作(ピエール瀧)の実在モデルはハリマヤシューズ!

2019年に放送される大河ドラマ「いだてん」
2020年の東京オリンピックに合わせて放送される内容でこのドラマを見れば東京五輪の見方が変わるとまで言われています!脚本はクドカンこと宮藤官九郎さんということでも期待大ですね♪
そんないだてん私が今回注目したのは黒坂辛作(くろさかしんさく)役のピエール瀧さんです。

役どころは主演、金栗四三(中村勘九郎さん)のマラソン用足袋の開発を手掛けるハリマヤ店主の黒坂辛作です。

おりす
ただの足袋の店主じゃなさそうね!
おねずみ
どんな人物なんだろう?

 

今回はピエール瀧さんはいだてんでどういう役柄なのか、実在モデルはいるのか、また今までピエール瀧さんどんな俳優人生を送ってきたのかプロフィールや出演作品などを詳しくご紹介します♪

ピエール瀧が演じる黒坂辛作(くろさかしんさく)ってどんな役?

 

足袋のハリマヤの黒坂辛作(ピエール瀧さん)は、東京・大塚の足袋屋の店主。金栗四三(中村勘九郎さん)が偶然この店の足袋を履いて長距離走で優勝。

優勝がきっかけで、マラソン用の足袋開発に二人三脚で取り組みます。頑固一徹な職人気質ですが金栗の年齢の離れた盟友となっていくのです。

おりす
マラソンで優勝した時に履いた足袋なんだね☆
おねずみ
それにしても金栗と盟友とは!

これからマラソン(スポーツ)の為に開発されていくのか気になりますね!それにしても実在する人物だとして、どんな関係を築いていくのでしょう。それでは実在人物は居たのかを紹介します。

実在モデルはだれ?

ピエール瀧さん演じる黒坂辛作(くろさかしんさく)は実在した、同姓同名の人物です。

明治14年(1881)、兵庫県姫路市に生まれ、21歳で上京。明治36年(1903)、東京・大塚仲町の市電停留所前に足袋のお店「播磨屋」を創業しました。

この播磨屋は金栗四三(中村勘九郎さん)が通っていた東京高等師範学校(現・筑波大学)の裏側にあり、金栗四三とは30歳の時に出会いますが、それまで黒坂辛作は普通の足袋職人でした。

おりす
最初は普通の足袋職人だったんだね!
おねずみ
これから足袋が改良されて行くんだろうね。

マラソン足袋

マラソンのために初めて改良がされた足袋は、底を布で3重にしたものでした。この足袋の名称を「マラソン足袋」と言いました。

この底3重の足袋でストックホルムオリンピック出場した金栗四三でしたが、ストックホルムの道路は舗装されていたので、底を3重に補強しただけの足袋では衝撃吸収ができません。金栗四三はストックホルムでの練習中に膝を痛めていました。

またオリンピック本番は炎天下。熱中症になり26㎞あたりで意識を失い、気づいた時には翌日になっていました。

金栗四三の初のオリンピックは残念な結果でしたが、熱射病だけが原因じゃなかったことをここで補足しておきます。

補足
  • 日本は初参加。スケジュール調整、体調管理など、選手サポートのノウハウがありませんでした。
  • ストックホルム入りまで船と鉄道を使い20日もかかりました。また初の海外渡航で負担が大きかったのです。
  • ストックホルムは開催期間はほぼ白夜睡眠に支障がありました。
  • ストックホルムには米が調達できず食事の面でも苦労します。
  • マラソンの当日、迎えに来るはずの車が来ず、金栗は競技場まで走らなければいけませんでした。
  • 当日最高気温40℃という記録的な暑さ参加者68名中およそ半分が途中棄権し、レース中に倒れて翌日死亡した選手までいた過酷な状況でした。
おりす
ホントに最悪な状況だったんだね…。
おねずみ
金栗選手は、よく耐えたね(汗)

改良された足袋

ストックホルムから帰国した金栗四三は、4年後のベルリンオリンピックに向けてトレーニングを再開。これと同時に播磨屋の店主、黒坂辛作にマラソン足袋の改良を依頼します。

試行錯誤して作り、金栗に履かせては履き心地などをヒアリング。二人三脚で足袋を改良させていきました。自転車のタイヤを裂いて足袋の裏に貼るなどのしながら、良質なゴムを見つけて足袋底に貼ることに辿り着き、滑り止めのためにナイフでゴムに溝をつけ完成させたのでした。

大正8年(1919)、足袋底にゴムを貼り付けた改良マラソン足袋を「金栗足袋」と名付け売り出すと、大ヒット商品になりました。

おりす
スゴいね☆二人三脚で作られた足袋が大ヒット!嬉しかっただろうね!
おねずみ
さすが職人!

ハリマヤ事業

昭和46年(1971)ハリマヤはアジアに進出。体育シューズ生産もはじめ、大量販売に乗り出します。

マラソン界のレジェンド的存在の金栗効果もありある程度のシェアはありましたが経営に苦戦します。

バブル期になるとハリマヤは多角経営に乗り出し飲食店や不動産などにも手を広げバブルが弾けて1991年、事業が出来なくなり事実上の倒産をしました。

おりす
多角経営まで乗り出してたんだね…。
おねずみ
バブル期に消えたんだ…。

ハリマヤシューズの物語

それはマラソンから始まった。1903年~1989年

【金栗四三氏と播磨屋足袋店との出会い】

世界で戦うために改良を重ねるマラソン“足袋”
50年の歳月を経て誕生したマラソン“シューズ”日本のランニングシューズはいかに進化してきたのか
ハリマヤの歴史を最後のカタログ(1989年度版)から紹介します。

【それは足袋からはじまった。】

1903年、文京区大塚に生まれた「ハリマヤ足袋店」。
当時、店の近くにあった東京高等師範学校の学生、金栗四三らは、とくにこの店の足袋を愛用していました。それから8年後のストックホルム五輪は日本マラソン界の幕開けとも言うべき年でした。

【金栗選手の初舞台】

ストックホルム五輪予選に、金栗選手は「ハリマヤ足袋店」の足袋を履いて出場していました。折り返し地点を過ぎた時点で足袋の底は剥がれ、裸足で走りました。11月も半ばを過ぎた泥道は冷たく、悪条件に悪条件が重なります。しかし、ゴール直前で先頭を走っていた佐々木選手を抜いて見事優勝。当時の世界記録を27分も更新した記録でした。

【走るための破れない足袋】

それから金栗選手とハリマヤ足袋店との共同開発が始まりました。材料選びから始まって、さまざまな改良・改善を経て、日本初の「マラソン足袋」が誕生しました。ストックホルム大会には、日本の選手達はこの「マラソン足袋」を履いて出場。しかし、ストックホルムの石畳のコースに布製の足袋ではショックが大き過ぎて膝を痛めてしまう。この大会で金栗選手は、実力を発揮できないままついに棄権苦い経験を生かし再度、挑戦は続きます。

【改良に改良を重ね・・・】

足袋の底に丈夫なゴムをつけ、ショックをやわらげる凸凹(でこぼこ)を加えた改良足袋が生まれました。金栗選手達は、下関~東京間1,200kmを20日間かけて走破する実験で満足すべき成果を得ました。1919年には、足袋の“こはぜ”を取り除き、甲ひもタイプの「金栗足袋」が誕生した。1928年のアムステルダム五輪ではこの足袋をはいた山田選手が4位津田選手が6位に入賞した。さらに1936年のベルリン五輪では、日本代表選手の孫基禎選手が優勝1951年、ボストンマラソンに出場した田中茂樹選手は2時間27分45秒で優勝。いずれも「金栗足袋」をはいていた。その翌々年、更に改良を加えたマラソンシューズの第一号ともいうべき「カナグリシューズ」を履いて出場した山田敬蔵選手がボストンマラソンで優勝しました。

【若き選手達のために。】

日本のマラソンの歴史はそのままハリマヤの歴史。これからもより速く走るためのマラソンシューズを目指し、あらゆる研究・改良が続くだろう。あとに続く選手達の栄光のために。ひたすら走り続ける若き選手達のために。

引用元:播磨屋公式

金栗足袋復活!

 

KANAKURI

金栗足袋を再現したのは、玉名市で工芸品店を経営する籾田武志さん(58)。中学・高校で陸上部に所属し、足袋で走った金栗のエピソードが印象深かったという。大河ドラマを地域活性化に生かすため、話題性のある金栗グッズを自ら手掛けることにした。

 知人の国府高陸上部コーチ、高岡尚司さん(40)の紹介で、埼玉県行田市の「きねや足袋」に開発を依頼。同社はテレビドラマ「陸王」のモデルになったメーカーで、実際にランニング足袋を生産しており、籾田さんは昨年から何度も訪ねて製品化を話し合った。

 完成したランニング足袋「KANAKURI」は、金栗の時代をほうふつとさせる白色の綿製で、足底には厚さ5ミリの天然ゴムを使用。軽量で素足に近い感覚で走れる。走り方の動画解説もあり、習得すればレースでも使用できるという。

 玉名市のふるさと納税では、4万円以上の寄付をした人が返礼品に選べる。インターネットの仲介サイト「ふるさとチョイス」に掲載し、一般販売の予定はない。

 籾田さんは「履くもよし、飾るもよし。日本の陸上競技や五輪の歴史の基礎をつくった金栗さんを、多くの人が知るきっかけになれば」と話している。(熊川果穂)

写真・コメント引用:熊本日日新聞

「陸王」がハリマヤ足袋の100年物語を繋げてくれた?

倒産時の混乱で四散したであろうハリマヤシューズの木型の行方は、今となっては知るすべもなく・・・。しかし黒坂辛作が改良に改良を重ねて作ったマラソン足袋の精神は、今なお川見のなかにしっかりと引き継がれています。

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ピエール瀧のプロフィール♪】


プロフィール

名前:ピエール瀧(ぴえーるたき)

本名:瀧・正則(たき・まさのり)

誕生日:1967年4月8日

血液型:AB型

出身地:静岡県

身長:179cm

所属事務所:キューン・ミュージック・ソニー・ミュージック

特技:野球

趣味:テレビゲーム・サッカー観戦・ゴルフ

身長も高いしスポーツも好きと言う事でピエール瀧さんらしいと言えばらしいですね♪そんなピエール瀧さんの芸能界入りしたきっかけが気になりますね!早速、紹介します。

ピエール瀧が芸能界に入ったきっかけや現在の活動は?

1967年4月8日に静岡県で生まれます。父親は印刷会社に勤め母は看護師です。3歳上の姉が居るようです。静岡市郊外で放任主義で育ったピエール瀧さんはお婆ちゃん子だったそうです

小学校時代は学芸会などで歌手のモノマネが好きな、お調子者だったとか♪小学5年生の時にYMOをきっかけに音楽に目覚めます。高校は進学校で当時の将来は臨床検査技士になりたいと思っていたのだとか!

そして高校時代バンド「人生」を結成しバンド活動を始めライブ出演もしていました。更には野球部に入部5番ファースト。甲子園を目指していたそうです。高校3年生の時には甲子園球場のグラウンドに立ってみたくて阪神の入団テストを受けました。記念にベンチの前の砂を大量に持ち帰ったそうですよ。

高校を卒業し上京。姉と2人で2Kのアパートに住んでいました。専門学校を2年で中退し仕送りもストップ。極貧生活が始まったんだとか…。ゴミ捨て場から電子レンジを拾って来たりキャベツ1個で1週間を凌いだ事もありました。それから総菜屋でアルバイトを始めたそうです。

1989年、石野卓球さんと“電気グルーヴ”を結成します。そして1991年にはアルバム『FLASH PAPA』でメジャーデビューを果たします。メジャーデビューも、ライブで石野卓球さんと一緒に暴れ回るのを見たレコード会社の人が「面白い!」と声をかけてきたのがきっかけだといいます。

おりす
楽器を弾かないミュージシャンと公言してたんだよ!
おねずみ
ステージ上では着ぐるみ着て叫ぶというパフォーマンス(笑)

電気グルーヴは、ピエール瀧さんと石野卓球さん以外のメンバーの加入と脱退を経て2001年より3年間活動を休止しました。これと前後して、ピエール瀧さんは俳優やタレント業など活動の幅を広げていきました。

2005年に公開された映画『ローレライ』『ALWAYS 三丁目の夕日』での高評価をターニングポイントに、大河ドラマ、朝ドラと立て続けにドラマに出演

また、映画『凶悪』(2013年)『くじけないで』(同年)では報知映画賞助演男優賞を受賞
そして父になる』(同年)と合わせての3作品で、ブルーリボン賞助演男優賞を受賞
2015年のドラマ『64(ロクヨン)』(NHK)では主演を演じ、同作が文化庁芸術祭大賞を受賞。そうした活躍を背景に、2016年には実に7本もの映画に出演しました。

 

おりす
スゴ!ヤバくない?いやピエール瀧様やん!
おねずみ
絶対的存在だね!

近年の大作、ヒット作になくてはならない逸材と言っても過言ではないですね!そんなピエール瀧さんの代表作なんですが紹介したい映画がたくさんでした。

 

ピエール瀧の代表作を紹介

ここでピエール瀧さんの代表作を紹介します。

陸王 役:小原賢治

埼玉県行田市にある足袋製造会社「こはぜ屋」は創業から100年の歴史をもつ老舗ですが、近年は業績が低迷し資金繰りに悩んでいました。そんなある日、四代目社長の宮沢紘一はこれまでの足袋製造の技術力を生かし、「裸足感覚」を取り入れたランニングシューズの開発を思いつき、社内にプロジェクトチームを立ち上げます。

会社の存続をかけて異業種に参入した「こはぜ屋」でしたが、資金難、人材不足、大手スポーツメーカーの嫌がらせや思わぬトラブルなど様々な試練に直面します。宮沢たちは坂本や飯山の協力や有村や村野の助言を受けて、試行錯誤を続けながらランニングシューズの開発に邁進するのでした。

ピエール瀧さんは日本支社営業部長役を演じています。

おりす
ピエール瀧さんは最初から「いだてん」に繋がる仕事をしてたんだね!
おねずみ
まさに運命!

 

64(ロクヨン)役:三上義信(主演)

7日しかなかった年、昭和64年。その1週間に、D県警史上最悪の誘拐殺人事件「64(ロクヨン)」が起こりました。事件が迷宮入りして14年後、捜査官だった三上は広報官となっており、突然行われる警察庁長官による遺族への慰問を取り仕切るよう命じられます。

ピエール瀧さんはD県警察本部 警務部秘書課調査官〈広報官〉警視で主演です。
46歳。二渡とは同期。ロクヨン当時、捜査一課特殊犯捜査係(係長代理)に所属し、身代金の受け渡し場所へ向かう父親の車を追尾する任務に就いていました。

おりす
超!がつくほど面白い映画だったね!
おねずみ
また似合うんだなあ。

 

おじいさん先生 役:おじいさん先生(山之内金太郎)初主演

内容はコメディで、荒廃したエンペラー学園になぜか赴任してきた「おじいさん先生」こと山之内金太郎と、不良生徒たちの物語。

ピエール瀧さんは、おじいさん先生で主人公です。

おりす
一瞬だれか解らなかった(笑)
おねずみ
スゴいメイクだったんだろうね。

その他に紹介したかった映画が「虎狼の血」「アウトレイジ」「日本で一番悪い奴ら」「アナと雪の女王」(オラフの声優)そして!「凶悪」ですよね!ホントに素晴らしすぎて言葉になりません!

こんなにまで実は本物?これって映画?と思えるほどの演技が素晴らしい人は見た事ありませんでした。陳腐な言葉では言い表したくはないですが…まさに天才だと思いました!

 

ピエール瀧の演技の評価まとめ!

次は演技の評価を紹介します。ここでは下手な意見と上手な意見をまとめてみました。

おりす
演技大好き!って意見が多かったよ!

おねずみ
ピカイチで天才だよね☆

おりす
本気でヤバいから観てほしいな!

おねずみ
恐怖すら覚える演技が出来るなんてヤバ過ぎるよね!

TwitterやInstagramなどでピエール瀧さんの演技についてや嫌いという意見は1つも見当たりませんでした!そりゃ、そうですよ!天才なんですもの!私は声を大にして言いたいです(笑)何としても豪語しますよ!ピエール瀧さんは音楽・俳優・声優・CMなどとマルチに大活躍していますがホントに、どれも素晴らしい作品に仕上がってます!今後も”ピエール瀧”という1人の素敵な俳優を私は応援したいしファンの1人で居たいなと思いました。

 

いだてんでのピエール瀧に期待!

いかがでしたでしょうか?

日本初のオリンピックに参加した金栗四三の競技人生に大きく関わり貢献した、播磨屋の創業者黒坂辛作。マラソン界のレジェンド金栗四三にとってかけがえのない人物でしたね!

そして何よりピエール瀧さんの演技に注目です!来年2019年1月から放送の「いだてん」是非!楽しみにしておきましょう!また金栗足袋に繋がる「陸王」も是非、観ていただきたい作品です☆

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